「もう、これ以上どうしてあげればいいんだろう」 「夜泣きで眠れない日々がいつまで続くのだろう」
愛猫の寝顔を見ながら、ふとそんな思いが頭をよぎり、自分を責めてしまったことはありませんか?
こんにちは。獣医師として働きながら、自宅では17歳になる老猫と暮らしているとく先生です。
職業柄、多くの飼い主様から老猫介護の相談を受けます。そして私自身も現在進行形で、老いゆく愛猫との暮らしに悩み、時には疲れを感じることがあります。
獣医師だからといって、常に冷静で完璧な介護ができるわけではありません。むしろ、知識があるからこそ、「もっとできることがあるのではないか」という焦燥感に駆られる夜もあります。
この記事は、医学的な正解を説くものではありません。 老猫の介護に疲れ、心が折れそうになっているあなたへ、同じ「老猫と暮らす家族」として、私が経験の中でたどり着いた心の持ちようと、少しだけ楽になるためのヒントをお伝えしたいと思います。
今のあなたの疲れや戸惑いは、決して愛情不足などではありません。 少し肩の力を抜いて、読み進めていただければ幸いです。
老猫の介護で「疲れた」と感じるのは普通のこと
まず最初にお伝えしたいのは、老猫の介護をしていて「疲れた」「しんどい」「もう嫌だ」と感じる瞬間があるのは、極めて当たり前のことだということです。
私たち人間も生身の生き物です。睡眠不足が続き、毎日の掃除や投薬、食事の介助に追われれば、体力も気力も削られていきます。
終わりの見えないマラソン
子猫や若い猫の病気であれば、「治療をして治す」という明確なゴールがあることが多いです。しかし、老猫の介護は「治す」ことではなく、「現状を維持する」あるいは「穏やかな着地点を探す」ことが目的になります。 今日頑張れば明日楽になる、という保証はありません。むしろ、少しずつできないことが増えていく愛猫を目の当たりにし続ける日々です。ゴールの見えないマラソンを全力疾走していれば、誰だって息切れしてしまいます。
生活リズムの崩壊
17歳、18歳と高齢になれば、猫も認知機能が衰えたり、体内時計が狂ったりします。 真夜中の大声での夜泣き、トイレの失敗、徘徊。これらは飼い主の睡眠時間を奪い、生活リズムを根本から崩します。 「愛しているから」という気持ちだけで、生理的な欲求である睡眠不足をカバーし続けることは不可能です。身体的な疲れは、やがて精神的な余裕を奪っていきます。
汚れていく部屋へのストレス
トイレ以外での排泄や嘔吐。老猫介護では、掃除が日課になります。 仕事から帰ってきて、まず部屋の汚れを確認し、掃除から始まる毎日。休みたいのに休めない、きれいだった部屋が汚れていく、においが取れない。こうした小さなストレスの積み重ねは、ボディブローのように心を疲弊させます。
「疲れた」と感じる自分を責めないでください。それは、あなたがこれまで十分に頑張ってきた証拠なのです。

老猫の介護は、知識や準備以上に「気持ちの負担」が大きくなりやすいものです。
実際に「疲れた」「つらい」と感じたときの心の整理については、体験を交えて別の記事でまとめています。
👉 老猫の介護に疲れたと感じたら

老猫の介護が精神的につらくなりやすい理由
身体的な疲れ以上に厄介なのが、精神的な消耗です。なぜ老猫の介護はこれほどまでに心をすり減らすのでしょうか。
「正解がない」という不安
獣医療は進歩しましたが、老いそのものを止めることはできません。 「点滴に通い続けるのが幸せなのか、自宅でゆっくりさせるのが幸せなのか」 「無理に食べさせるべきか、自然に任せるべきか」 老猫ケアの現場では、常に二者択一を迫られます。そして、どちらを選んでも「本当にこれでよかったのか」という迷いが消えることはありません。この終わりのない自問自答が、飼い主様の心を深く疲れさせます。
変化していく愛猫を受け入れる辛さ
かつては高いところに軽々と飛び乗り、毛艶も良く、ふっくらとしていた愛猫。 それが年を取り、痩せて骨ばり、足元がおぼつかなくなる。目が合っても反応が薄くなる。 愛しい存在であることに変わりはありませんが、元気だった頃の姿と比較してしまい、「かわいそう」と思ってしまう。愛猫の老いを認めることは、自分自身の喪失感と向き合うことでもあります。これこそが、老猫介護における最大の精神的負荷かもしれません。
周囲の理解が得られにくい孤独
「たかがペットでしょ」「もう寿命なんじゃない?」 悪気なく放たれた周囲の言葉に、傷つくこともあります。 老猫介護の壮絶さや、張り詰めた精神状態は、経験した人にしか分かりません。社会生活の中では笑顔で振る舞っていても、家では孤独な戦いが続いている。このギャップが孤独感を深め、心を追い込んでいきます。
獣医師の私自身がしんどかった瞬間
ここで少し、私自身の話をさせてください。 獣医師なら、適切な判断ができて、常に冷静だと思われるかもしれません。しかし、現実は全く違います。
私の17歳の愛猫は、腎臓の機能が低下しており、関節も弱っています。 ある時期、食欲がガクンと落ち、何をあげても食べてくれない日が続きました。
頭では分かっています。「高齢だから食欲にムラがあるのは当然だ」「数値的には維持できているから焦る必要はない」と、獣医師としての知識は言います。 しかし、飼い主としての私は違いました。
仕事から帰宅し、朝置いたフードが手つかずで残っているのを見た瞬間、血の気が引くような感覚に襲われます。 「どうして食べてくれないの?」 「このまま弱って死んでしまうんじゃないか」 「私が仕事に行っている間に、寂しい思いをさせたからではないか」
色々な種類の缶詰を開けては鼻先に持っていき、プイと横を向かれるたびに、まるで自分の愛情を拒絶されたような気持ちになりました。 深夜、寝ている猫の呼吸を確認するために何度も起き、お腹が動いているのを見て安堵する。そんな日々が続きました。
知識がある分、最悪のシナリオばかりが頭をよぎり、余計に不安になることもありました。 獣医師であっても、我が子のこととなれば、ただの一人の心配性な飼い主になるのです。 イライラしてしまい、そんな自分に自己嫌悪する。その繰り返しでした。
介護を続けるために「やめたこと」
そんな私が、愛猫との生活を穏やかに続けるために意識的に「やめたこと」があります。 それは、諦めではなく、お互いが笑顔でいるための選択です。
1. 「食べさせなきゃ」というプレッシャーをやめた
以前は、カロリー計算をし、療法食をいかに食べさせるかに必死でした。食べてくれないと、なんとか口に入れようと躍起になっていました。 でも、嫌がる猫の口にフードを運ぶ時間は、お互いにとって苦痛でしかありません。 私は「栄養バランス」よりも「食べてくれるなら何でもOK」に切り替えました。療法食でなくても、総合栄養食でなくても、その子がその時おいしそうに食べてくれるなら、それを良しとする。 「食べることは生きる喜び」です。食事の時間を「戦い」から「楽しみ」に戻したことで、私の心はずいぶん軽くなりました。

2. 完璧な投薬スケジュールをやめた
「1日2回、きっちり12時間おきに薬を飲ませなければ」 そう考えて、自分の生活をすべて猫の時間に合わせていました。もちろん、厳密な管理が必要な病気もありますが、多くの慢性疾患の場合、多少の時間のズレは許容範囲です。 外出を控え、友人の誘いも断り、全てを犠牲にしていた時、私はきっと怖い顔をして猫に接していたと思います。 「できる範囲でやる」と決めてからは、自分の時間も大切にするようになりました。飼い主がリラックスしていると、不思議と猫も落ち着くようです。
3. 「もっと長生きさせなきゃ」という執着を手放した
これは獣医師として一番葛藤した部分ですが、「長さ」よりも「質」を重視することにしました。 嫌がる検査や処置を繰り返して1日寿命を延ばすよりも、今の穏やかな時間を守りたい。 もちろん治療を放棄するわけではありませんが、判断基準を「医学的に正しいか」から「この子が心地よいと感じるか」にシフトしました。 「今日一日、日向ぼっこをして気持ちよさそうに寝ていたなら、それで100点満点」と思うようにしたのです。
老猫の介護は「頑張り続けるもの」ではない
老猫の介護において、「頑張る」という言葉は時に呪いになります。 真面目で愛情深い飼い主様ほど、ご自身を犠牲にして頑張りすぎてしまいます。
しかし、介護は短距離走ではありません。いつ終わるか分からない、ゆったりとした散歩のようなものです。 走り続ければ、いつか倒れてしまいます。
介護において一番大切なリソースは、薬でも特別なフードでもなく、「飼い主であるあなたの笑顔」です。 あなたが疲弊し、眉間に皺を寄せてため息をついていたら、猫はその空気を敏感に感じ取ります。猫にとって、大好きな飼い主の笑顔こそが最大の安心材料なのです。
だからこそ、自分のために休んでください。 自分の楽しみを大切にしてください。 「介護のためにすべてを犠牲にする」のではなく、「介護も含めた今の生活を、どうやって心地よくするか」を考えてみてください。
手抜きではありません。「息抜き」です。 あなたが元気でいることが、結果として愛猫のためになるのです。
どうしてもつらい時の選択肢
それでも、どうしても限界を感じる時はあります。 夜泣きで何日も眠れていない、仕事に支障が出ている、猫をかわいいと思えなくなってきた。 もしそう感じたら、それは「助けを求めていい」サインです。
動物病院に預ける(レスパイトケア)
「飼い主の都合で預けるなんて」と罪悪感を持つ必要はありません。 半日でも、1泊でも、動物病院やペットホテルに預けて、物理的に離れる時間を作ってください。 ぐっすり眠って、温かい食事をとって、リフレッシュする。そうして心に余裕を取り戻してから、また愛猫を迎えに行けばいいのです。 獣医師として言わせていただければ、飼い主様が倒れてしまうことのほうが、猫ちゃんにとっては重大な危機です。「先生、疲れたので1日だけ預かってください」と言ってくださって構いません。
治療方針の見直し
通院や投薬が互いのストレスになっているなら、それを見直すことも一つの選択肢です。 獣医師に「自宅でのケアが限界にきている」と正直に伝えてください。 内服薬を持続性のある注射に変えたり、皮下点滴の回数を減らしたり、より負担の少ない方法を一緒に考えることができます。
FAQ:老猫の介護に疲れたときによくある疑問
最後に、診察室でよく聞かれる質問について、私なりの考えをお答えします。
Q. 「もう楽にしてあげたい」と思ってしまうのは非情でしょうか? A. 決して非情ではありません。愛しているからこそ、苦しむ姿を見たくないと思うのは当然の感情です。安楽死という選択肢が頭をよぎるほど、あなたが真剣にその子の命と向き合っている証拠です。その気持ちを否定せず、まずは信頼できる獣医師に、今の苦しい胸の内を話してみてください。
Q. 強制給餌をしてでも食べさせるべきですか? A. ケースバイケースですが、「お互いが苦痛ならやめる」という選択も正解です。回復の見込みがあり、一時的なサポートとしての強制給餌なら意味がありますが、終末期において嫌がることを無理強いすることが、その子の幸せに繋がるかは考える必要があります。食べることは楽しみであってほしい、と私は思います。
Q. 留守番させるのが怖くて外出できません。 A. 心配なお気持ちは痛いほどわかります。ですが、24時間365日見守り続けることは不可能です。見守りカメラを設置する、室内の危険箇所を徹底的になくすなどの対策をした上で、勇気を持って自分の時間を持ってください。あなたが外でエネルギーをチャージして帰ってくることは、決して悪いことではありません。

老猫との暮らしは、やがて来るお別れへの準備期間でもあります。 だからこそ、辛い顔をして過ごすのではなく、できるだけ穏やかな時間を重ねてほしいと願っています。
17歳。人間で言えば80代半ばです。 ここまで生きてくれたこと、それだけで奇跡のようなことです。そしてそれを支えてきたあなたは、胸を張っていい素晴らしい飼い主です。
今日、できなかったことを数えるのはやめましょう。 今日、愛猫がそばにいてくれたこと、その温もりに感謝して、まずはあなた自身を労ってあげてください。
私たちが笑顔でいること。 それが、長年連れ添ってくれた小さな家族への、一番の恩返しになるはずです。
老猫の介護を続けていく中で、私が何度も立ち返るようになったのが「QOL(生活の質)」という考え方です。
正解を探すのではなく、「この子と自分が、今どう過ごせているか」を大切にする視点については、別の記事で詳しく書いています。
👉 老猫のQOLについての考え方はこちら


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