最近、抱っこするとすごく軽くなった気がする……
昔はあんなに走り回っていたのに、今は一日中寝てばかり
17歳、18歳と愛猫が年齢を重ねるにつれて、その小さくなっていく背中を見て、不安を感じている飼い主さんは少なくありません。 「もしかして、どこか痛いのではないか?」「これが『老衰』なのだろうか?」と、夜中にふと怖くなってしまうこともあるでしょう。
まず、獣医師として最初にお伝えしたいことがあります。 17歳という年齢まで愛猫が生きてくれたこと、それは飼い主さんの深い愛情とケアがあったからこその「勲章」です。
この記事では、多くのシニア猫を診てきた獣医師の視点から、猫の「老衰」という現象の正体と、病気による衰弱との違いについてお話しします。 「枯れるように逝く」とはどういうことなのか。愛猫の今の状態を正しく理解することで、これからの時間を穏やかな気持ちで過ごすためのヒントになれば幸いです。
猫の「老衰」とは?病気による衰弱との決定的な違い

「老衰」という言葉を聞くと、なんとなく「弱って死んでしまう」という怖いイメージを持つかもしれません。しかし、獣医療の現場で見る老衰は、決して苦しいだけのものではありません。
枯れるように逝く=「苦痛がない」自然なプロセス
病気(例えば末期がんや重度の心不全など)で亡くなる場合、そこには痛みや呼吸困難といった「身体的な苦痛」が伴うことが多くあります。 一方で、純粋な「老衰」とは、命のロウソクが燃え尽きるように、身体の機能がゆっくりと、静かに停止していくプロセスです。
脳内では「エンドルフィン」という脳内麻薬のような物質が分泌され、まどろみの中で痛みを感じにくくなっているとも言われています。 ご飯を食べなくなり、痩せていき、眠る時間が増えていく――。これは、旅立ちに向けて体が身軽になろうとしている自然な準備期間なのです。
なぜ食べているのに「どんどん痩せていく」のか?
「ご飯は食べているのに、背骨がゴツゴツしてきた」 この変化に心を痛める飼い主さんは非常に多いです。
シニア猫が痩せていく主な理由は、加齢による代謝と消化吸収能力の低下です。
- 栄養を吸収できない: 若い頃と同じ量を食べても、腸が栄養を十分に吸収できなくなります。
- 筋肉の減少(サルコペニア): 運動量が減り、タンパク質の合成能力が落ちるため、筋肉が落ちて体が薄くなります。
これは「老化現象」の一つであり、飼い主さんのごはんのあげ方が悪いわけではありません。まずは「歳をとれば、誰でも痩せていくものだ」と、少し肩の荷を下ろしてください。
「これは老衰?それとも病気?」自宅でできるチェックリスト
一番の悩みどころは、「この痩せ方が自然な老化(老衰)なのか、治療が必要な病気なのか」という判断でしょう。 以下に、獣医師が診察室でチェックしているポイントをまとめました。

1. 老衰(自然な老化)の可能性が高いサイン
もし愛猫に以下の特徴が当てはまるなら、それは穏やかな老いの過程かもしれません。
- 変化が「年単位・月単位」でゆっくり: 「そういえば半年前より痩せたな」という緩やかな変化。
- 表情が穏やか: 痩せてはいるが、目つきは優しく、リラックスして寝ている。
- 食欲は「徐々に」落ちている: 急に食べなくなったのではなく、少しずつ食べる量が減ってきた。
- 毛割れ・毛艶の悪化: グルーミング(毛づくろい)をしなくなるため、毛束感(毛割れ)が出るのはシニア猫の典型的な特徴です。
2. 【要注意】老衰と間違えやすい「隠れた病気」
「痩せてきた=老衰」と決めつけるのは危険です。特に以下の病気は、シニア猫に多く、「食べているのに痩せる」という老衰と似た症状を示します。
- 甲状腺機能亢進症(こうじょうせんきのうこうしんしょう):
- 特徴: ものすごく食べるのに、どんどん痩せる。
- 行動: 妙に活動的で、夜鳴きをしたり、目がギラギラしていたりする。「元気になった」と勘違いしやすいですが、これは病気による興奮状態です。
- 慢性腎臓病:
- 特徴: 多飲多尿(水をたくさん飲み、おしっこが大量に出る)。
- 症状: 進行すると吐き気が増え、食欲が落ちます。
- 糖尿病:
- 特徴: 水を大量に飲み、食べているのに体重が減る。
これらの病気は、適切な治療やケアを行うことで、苦痛を取り除き、穏やかな時間を長くできる可能性があります。「妙にガツガツ食べているのに痩せる」「水の減りが異常に早い」場合は、一度動物病院へ相談してください。
3. 今すぐ病院へ!「痛み」と「苦しみ」のSOSサイン
老衰の過程で、猫が強い苦痛を感じることは稀です。もし以下の様子が見られたら、それは「老い」ではなく「緊急のトラブル」のサインです。
- 呼吸が荒い: 口を開けてハァハァする、お腹で息をする。
- うずくまって動かない: 暗い狭い場所に隠れ、触ろうとすると嫌がる・怒る。
- 持続的な嘔吐・下痢: 何度も吐く、水のような便が出る。
これらは緩和ケアが必要な状態ですので、迷わず獣医師に連絡をとってください。
愛猫が「老衰」を迎えた時、飼い主ができる3つのケア
老衰は病気ではないため、「治す」ことよりも「不快感を取り除く(QOLを維持する)」ことが最大の目標になります。 病院での治療だけでなく、お家でできる工夫もたくさんあります。
1. 食事のケア:カロリー計算よりも「食べたいもの」を
腎臓病などの持病がある場合でも、老衰の最終段階に入ったら、厳しい食事制限や療法食にこだわる必要は薄れてきます。 「療法食を一口も食べない」よりも「好きなものを食べて、幸せを感じてもらう」ことを優先して良い時期です。
- ペースト状のおやつを活用する: 噛む力が弱まっていても、舐めるタイプの食事なら受け入れてくれることがあります。水分補給にもなるため、高栄養タイプのペースト食を常備しておくと安心です。
- 温めて香りを立てる: 猫は嗅覚で食欲が刺激されます。フードを電子レンジで数秒温め、人肌程度にすると、食べてくれることがあります。
私が診察でもよくおすすめするのは、こういった高栄養タイプです。食欲がない時のエネルギー補給として、お守り代わりに持っておくと安心です。
2. 環境のケア:トイレや寝床の「バリアフリー化」
筋力が落ちた老猫にとって、今まで当たり前だった「ソファへのジャンプ」や「トイレのまたぎ」が大きなハードルになります。
- スロープやステップの設置: お気に入りの高い場所(ソファやベッド)へ自力で行けることは、猫の自信と幸福感につながります。段差の低いスロープを置いてあげましょう。
- トイレを見直す: 入り口が低いトイレに変えるか、入り口に雑誌などでスロープを作ってあげてください。トイレの失敗が増えた場合は、ペットシーツを寝床の周りに広めに敷き詰め、「どこでしても大丈夫だよ」という環境を作ってあげると、お互いにストレスが減ります。
老猫のトイレ失敗は「抗議」じゃない。震える後ろ足に気付いていますか?獣医師が教える段差と砂のバリアフリー術 ※この記事では、トイレのバリアフリー術について詳しく解説しています。
3. 心のケア:「今までありがとう」を伝える時間
飼い主さんが暗い顔をして泣いていると、猫は敏感にその不安を感じ取ります。 できるだけ普段通り、笑顔で優しく名前を呼んであげてください。撫でられるのが好きな子なら、たくさんスキンシップをとりましょう。
「あなたのことが大好きだよ」「うちに来てくれてありがとう」 言葉に出して伝えることで、飼い主さん自身の心の整理(グリーフケア)にもつながります。
最期の時をどこで迎えるか?看取りの心構え


「最期の瞬間まで病院で治療を続けるか」 「自宅で自然に任せて看取るか」
これは正解のない、非常に難しい問いです。 ただ、老衰に関しては、住み慣れた自宅で、大好きな飼い主さんの匂いに包まれて過ごすことを選択される方が多い傾向にあります。
「病院嫌い」な子に無理をさせないという選択
特に、病院が苦手で、通院自体が大きなストレスになる猫ちゃんの場合、無理に検査や点滴に通うことが、かえって残された時間の質(QOL)を下げてしまうことがあります。
「病院に連れて行かないことは、見捨てることではないか?」と自分を責める必要はありません。「家で安らかに過ごさせてあげる」ことも、立派な医療の一つであり、愛情です。
もし、「病院に連れて行くべきか迷う」「通院のストレスが心配」という方は、ぜひ以下の記事も合わせて読んでみてください。獣医師として、その迷いに寄り添うアドバイスをまとめています。
【獣医師解説】病院嫌いな老猫に無理はさせない~通院のストレスと天秤にかけるべきもの~ ※この記事では、通院の判断基準や自宅ケアの考え方について詳しく解説しています。
後悔しないために今からできる「老い支度」
お別れの時は必ずやってきます。その時にパニックにならないよう、以下のことを決めておくと、最期の時間を愛猫だけに集中して使えます。
- 夜間救急の連絡先: 深夜に容態が変わった時、相談できる場所はあるか。
- 看取りのスタンス: 延命処置や蘇生措置(心臓マッサージなど)を望むか、望まないか。
- お見送りの方法: どのような形でお葬式をするか。
「縁起でもない」と思うかもしれませんが、元気なうちに調べておくことが、いざという時の「心の余裕」になります。
まとめ:老いは悲しいことではなく、生きた証
猫の老衰は、決して「負け」ではありません。 17年、18年という長い年月を、病気や事故に負けずに生き抜き、天寿を全うしようとしている。それは生命として「大勝利」した姿なのです。
「どんどん痩せていく」愛猫の姿を見るのは辛いかもしれませんが、それは余計なものを脱ぎ捨てて、魂が旅立つ準備をしているのかもしれません。
どうか、自分を責めずに。「よく頑張ったね」「すごいね」と褒めてあげながら、残された穏やかな時間を大切に過ごしてください。









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