17歳になる雌猫と暮らしています。 人間の年齢でいえば、80代半ばといったところでしょうか。
彼女との生活は、驚くほど静かです。 若い頃のような、部屋中を駆け回る運動会も、カーテンレールへの登頂挑戦もありません。 もしかしたら、これを読んでいる方の家の老猫さんも、同じかもしれませんね。
特別な出来事は、ほとんど起きません。 でも、今の私にとっては、この「何もなさ」が、とても大切で愛おしい時間に感じられます。
今日は、そんな老猫と暮らす獣医師である私の、ある冬の日の記録を書いてみようと思います。 あくまで「うちの場合」の、平凡な一日の時間割です。
朝|特別なことは起きない
冬の朝、6時半に目覚まし時計が鳴ります。 私が体を起こしても、足元で眠る彼女はすぐに反応しません。 若い頃は、目覚ましが鳴る前から私の顔を覗き込んだり、鳴いて起こしに来たりしたものでした。
今は、私が布団から出て、カーテンを開け、部屋が明るくなってから、ようやくのそりと顔を上げます。 大きくゆっくりと伸びをして、ベッドから降りるのにも少し時間をかけます。 その動作の一つひとつが、スローモーションのようです。

キッチンでコーヒーを淹れている間に、彼女の食事を用意します。 足元にまとわりついて急かすようなこともなくなりました。 お皿を置くと、ゆっくりと近づいてきて、静かに食べ始めます。
食べるペースも以前よりずいぶんゆっくりになりました。 私はコーヒーを飲みながら、彼女が食事を終えるのをぼんやりと眺めます。 慌ただしさとは無縁の、静かな朝の時間です。
昼|静かな時間が続く
私が仕事や家事をしている間、彼女は一日の大半を寝て過ごします。
彼女には、時間帯によって決まった「定位置」があります。 午前中は、東向きの窓辺にあるクッションの上。日差しがたっぷりと注ぐ、一番暖かい場所です。 午後になると、今度は南側のリビングにあるソファの上へ移動します。 太陽の動きに合わせて、自分にとって一番心地よい場所を知っているようです。
この間、彼女の動きはほとんどありません。 聞こえてくるのは、私がキーボードを叩く音や、ページをめくる音、時折立つ冷蔵庫のモーター音くらいです。

あまりに静かなので、時々、ちゃんと息をしているか心配になって、そっと様子を見に行くことがあります。 近づくと、規則正しい寝息が聞こえ、小さく上下するお腹が見えて、ほっとします。 時々、夢を見ているのか、ヒゲがぴくぴくと動いたり、小さな寝言のような声を出したりします。
私はその様子を少し離れた場所から見守りながら、自分の時間を過ごします。 同じ空間にいて、それぞれの時間を過ごす。 老猫との生活は、そんな静物画のような時間の積み重ねですって。
夕方|変化がないことへの安心
日が傾き、部屋が薄暗くなってくると、彼女も少し活動的になります。 といっても、若い猫のように遊び回るわけではありません。
ゆっくりと起き上がり、水を飲みに行き、トイレを済ませる。 その後、念入りに毛づくろいを始めることもあれば、ただ窓の外をぼんやりと眺めていることもあります。
18時過ぎ、夕食の時間です。 朝と同じように、ゆっくりとしたペースで食事をします。 私はその間に、トイレの掃除をしたり、飲み水を新しいものに交換したりします。
食事の量や、トイレの状態、歩き方。 一応、職業柄ということもあり、無意識に体調の変化がないかチェックはしてしまいます。 けれど、今日もいつも通り。 大きな変化がないことに、静かに安堵します。
「今日も同じだったな」 そう思えることが、何よりの収穫です。
夜|何も起きなかった一日を振り返る
夜、私がリビングでくつろいでいると、彼女がやってきて、膝の上や隣に寄り添ってきます。 温かい体温と、少しゴロゴロと喉を鳴らす音。 テレビの音量は少し下げておきます。
若い頃は、夜になると目が爛々と輝いて、「遊んで」とせがまれたこともありました。 今はもう、おもちゃに興味を示すことはほとんどありません。 ただ、私のそばで安心して眠ることが、彼女にとっての一日の終わりの儀式のようです。

やがて、彼女の寝息が深くなっていきます。 今日も一日、痛い思いも、怖い思いもせず、穏やかに過ごせたようだ。 その事実が、私の心も落ち着かせてくれます。
「何も起きない一日」が、今は一番ありがたい
こうして書き出してみると、本当に何も起きていない一日です。 猫と暮らしていない人から見れば、退屈に映るかもしれません。 以前の私自身も、まさかこんなに静かな生活が待っているとは思っていませんでした。
老猫と暮らす中で「時間の流れが変わった」と感じるようになった話は、以前の記事でも少し触れました。

若い頃は、何かしらの刺激や変化が猫のQOL(生活の質)を高めると考えていた時期もありました。 けれど今は、この「何も起きない、穏やかに終わる一日」こそが、17歳の彼女にとって最良のQOLなのだと感じています。
刺激が少ないこと。変化が少ないこと。 それが、今の彼女の心と体を守っているのかもしれません。
日付が変わる前には、私も布団に入ります。 しばらくすると、足元にずしりとした重みを感じます。 彼女がいつもの場所で丸まった合図です。
今日も同じ一日だった。 そう心の中で呟いて、私は目を閉じます。 この静かな繰り返しが、明日も続くことを願いながら。

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